大滝さんと大谷さん

体調を崩すと、へんな夢ばかり見る。
普段なら、目覚めれば口に入れた和三盆のようにすっと消えてしまう夢というものが、そういう日はクリームパイのようにねっとり重ったるく、あとくちを残していく。

「大滝さん」と「大谷さん」というふたつの通り名を持つ男の夢を見た。
外見は、少々くたびれた中年の勤め人で、赤羽で居酒屋の店長をしている。そして、そういった姿を基本の生活としながらも彼は、あるときには実際に広い滝になったり、深い谷になったりする人物、「人物」といっていいのだろうか……そういう「存在」だった。

私は彼のことを、恋愛感情を持って好きだった。

ただ、心を傾けているのは「大滝さん」、すなわち彼がイグアスやナイアガラよろしく、広い滝になっている時だけに限定される。

谷になった彼に対しては、名前の通り大きな谷だな、という感想こそ持ったけれどそれ以上踏み込んだ感情は沸いてこなかった。

大滝さんの滝は、素晴らしいものだった。

その幅はぐるりを見渡せるほど広く、落下する水は量・勢い共に申し分なくこちらを圧倒し、驚嘆をもらさせる。完全なる強者、そういった堂々した態度で大滝さんは、 滝としてそこに、在った。
そのますらをぶりはこちらの足をすくませるほどだが、美しく流れ落ちる水のたをやめぶりにもまた、心を惹かれるものがある。
やわらかな絹織物のようにしなやかでもあり、よく磨かれた鏡のように澄んでもいるその水には、目の前の山々の風景が実物よりも光の反射を強め、輝くように、幻のように映っていた。
おおらかさゆえに静止しているようにも見える大自然が、流れ落ちる水の一瞬一瞬のなかに写真のように刻まれていく。
目の前の山のみどりはさっきと変わらないけれど、水の中の「さっき」はもうすでに流れ落ち、今は次のみどりを映している。

「大滝さん!」

私は叫び、感極まって水の落ちるところまで駆け上がる。はるか下方にみえる滝壺に身を投げれば、そこは赤羽。

牛タン ささ川 赤羽東口店のボックス席に私は腰を掛けていた。
夢から覚める前、夢を見ている間、夢を見る前、と、遡ると私はそのとき、ちょうどそこに、いたのだった。
その日は楽しい夜だった。さし飲みの席で、お互いにたくさん飲んで、大いに笑ったことを覚えている。そして私は上機嫌で家路をたどり、酔いの魔法にかかったまま何もかも忘れて眠りにつくのだが、帰りがけにちらりと確認した居酒屋の店長の名札には、大滝の字も大谷の字もなかったことは覚えているのだった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください